「脱いい人」がトレンドか?ネットでつながるには「ウザい力」が必要かも知れない

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「脱いい人」がトレンドか?ネットでつながるには「ウザい力」が必要かも知れない

前回告知を行いましたが、ワタクシ@shintarowfreshが、「つながり」に関して『初めての情報発信』をテーマにしたお話をさせていただく「つながるカンファレンスin大阪」。詳細チェックはお済みですか?

私がお話する内容に関して、自分で考えをまとめるためにこの記事を書いております。

いわゆるネットレジュメ。

ビジネス本や、自己啓発本では、空前の「脱いい人」ブーム。

自称いい人のワタクシは、わがままな人に接したりその横柄な立ち居振る舞いに出会ったとき、「鬱陶しい」とか「面倒」とか思いながら、同時に「うらやましい」と感じることがあります。

軸がぶれないわがままっぷりは、共感は出来なくとも、一種のRESPECTすら思わせるモノです。

端的に言うと、誰にでも出来ることではないから、その茨の道に対してあこがれを持つのかも知れません。
誰だって自分が思うように行きたいモノだし、そしてそうであるにもかかわらず、他人と協調して関わり合って生きていく以上、思い通りに甲斐ないことの方が多いモノです。

適当に受け流し、己が多少不利になったとしても、問題を起こすことなく、「空気を読み」ながら生きることが、圧倒的に楽だし、協力し協調性をもって、そして、一般常識と道徳を持って生きていくことが善で有り美徳であると、啓蒙され、教育されているからでしょう。

俗に言う「いい人」の完成です。

さて、本記事では別に「脱いい人」を提唱するつもりはないのです。自分本位に生きたい人はそうすればいいし、そうしたくない人や出来ない人は、それでいんじゃね?と思っています。

ただ、貴女がネットで「つながり」たいなら、「空気を読む」レーダーの感度を、もう少し下げてみてはいかがか?

と私は思っておるのです。

「空気を読む」レーダーの感度

一般的に「ウザい」は褒め言葉としては使われません。

絡みづらいや、空気を読めない、の仲間で、協調性の欠如や、バランスの乱れ、こういうイメージ持ってませんか?

そうは思われないように、つまり面倒だと思われないように、いい人だと思ってもらうように行動すると、どうしても積極性に欠けてしまうモノです。

知らず知らずのうちに、自分の「空気を読む」レーダーを使って自分の行動や言動に対して、いい人エリアに止まり、相手に踏み込まず、ちょうどいいラインを構築しようとする術を使っているのです。

レーダーの感度はもちろん人それぞれです。なかには完全にぶっ壊れている人もいます。

もしも貴女がネットで発信するときの武器として「いい人力」で勝負しようと思っているのなら、それが間違いだと言うつもりはありません。

が、近道したいのなら「ウザい力」が必要だと私は判断します。

「ウザい力」を行使するために「空気を読む」レーダーの感度を少し下げてみてはどうでしょうか。
後々重要になるのですが、レーダーを切ってはいけません。

レーダーを切ると人として大変なことになります。

いい人って褒め言葉なの??

たとえば貴男が彼女の友人に紹介されたとき、その友人が

「いい人そうだね」

といったら、どう思いますか?

僕なら

敗北

の二文字が、太ゴシックで眼前に顕現します。

それはもうなんて言うか、人畜無害で、無味無臭の同義語だよね、、、

これならまだ「臭そう」とか言われた方が、、、いや、それも嫌だな。

このエピソードは完全に外見の話しになってますが、まあ、内面の話しだったとしても、大差はないと思っています。

貴女にネットで出会う人は、もうほとんどが「初対面」の人であり、貴女のことをよく知らない人です。

ネットで貴女に出会う人達に、貴女はどう感じて欲しいですか?

「面白そう」「やっかいそう」「こだわりが強そう」

それとも「いい人そう」ですか?

ウザさの利点

これはもういい意味でも悪い意味でも「記憶に止まる」コトでしょうね。

ただ、「ウザさ」と「失礼」「迷惑」は完全に別物なので、その点だけ心にとどめましょう。

空気読みレーダーがぶっ壊れている人は、たいてい「失礼」の領域にダイブするのです。

いい意味で記憶に止まるためには、ただ「ウザく」あるのではなく「ウザさ」を技術にまで昇華する必要があります。

それはウザいコトじゃありませんよ

貴女が気になっている発信者の方はいますか?

もしいれば、ちょっとコンタクトしてみましょうか。ツイートなんかが当たり障りなくてイイですね。

気になったブログの記事があれば、積極的に呟いてみてはどうでしょうか、その際一言添えてみたりなんかして。

運がよければリプライが帰ってくるでしょう。
さらに運がよければ複数回往復できるかも知れません。

これ以上は迷惑になるかしら??

case-by-caseですが、オラオラで行ってもイイと思います。「ウザい」と思われるかもしれないですね?でもその踏み込んだ一歩分だけ印象には残るはずです。お茶を濁さず言いたいことは言いましょう。

熱意さえ持って踏み込めば、届くはずです。もしも、届かなくても、別に「ウザい」と思われるだけです。今までと特に変わりはありません。特に接点のなかった人と、接点が持てなかっただけです。

一歩踏み込まなかったとしても、大差はありません。レトリックでも何でもなくそうなんです。

しかし、私は、接点がモテるかそうでないかの境目が「ウザさ」であることは間違いないと思っています。

何度か繰り返せばきっと「チャーミングなウザさ」に到達出来るはずです。「空気を読んで」いるウチは、「チャーミングなウザさ」にはたどり着けないでしょう。

「うっぜーなぁwww」←のウチは、それは元来の意味の「ウザい」ではないのです。

誤解されては困るのですが、「迷惑をかけろ」と言いたい訳ではないのです。
「来ちゃった(てへへ)」と扉の前に立つのが可愛いのはつきあって3ヶ月までなのです。

後はひたすら迷惑なだけです。勘弁してくれと。今何時だと思ってるんだと。

話しかける「勇気を持て」とも「わがままになれ」ともニュアンスが違います。

毒にも薬にもなる

からこそ「ウザい力」が武器になるんです。

非常に曖昧で広義だからこそ、関係を突破するための打開策になるんです。

ウザいと言われる立場になったとき大抵のことは「テヘペロ」で済むのです。
これを技術として昇華すれば、結構な武器になるとは思えませんか?

まとめ

ある程度は

ウザくあれ

うん、これだけ読むと、「空気を読め」という意味になってしまいますが。

私は「ウザく」てイイと思っています。
「ウザさ」って有りだと思っています。

発信者の末席にちょこんとすわっている私としては、むしろ「ウザく」あったほうが、都合がいいとさえ思っています。

あいつはほんとうぜーわwww(←この草が重要)

ここからがスタートラインであるとさえ思っています。利点は上に書いてあります。
気の利いたことが言える人になるにはどうしてもセンスが必要になりますが、「ウザい」奴になるにはセンスも何もあったモノではありません。「迷惑」という感情さえ持っていればOKではないですか。

いい人よりもウザイ人

我慢強い人よりもやりたいことをやる人

貴女の中で価値観をずらすことが出来れば、きっとネットで「つながれ」るはずです。そうゆう図太さこそが、「ウザい力」だと思うのです。

「ウザい」という言葉は他人との関わりよりも、自分の中の枷との関わり方にこそ使われるべきなのです。

これは悪い例です。こうなってはダメです。しかし、こうなって正解とも言えるから不思議です。

さあ、あなたも「ウザい力」を駆使してみませんか?

「 j 」はうz

@shintarowfreshでした。

文:シンタロヲフレッシュ

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