お金オンチ

お金オンチ

バリスタ

行動経済学の本を読んでみればわかるのですが、お金が絡むと人は判断力が著しく低下しますね。

いや、主語がちょっとデカいな、ダン・アリエリーの本を読む限りでは、日本人に特化して、日本人だからどうこうってことじゃないんだろうなと思ってますけどもね。アリエリーがアメリカ人なので。

しかしまあ、僕の話をしますと、少なくとも公的な教育機関でお金のことを教えてもらった記憶は一切ないですね。

正直、親にだってお金のことを教えてもらったことは、ぶっちゃけないかもしれない。

うん、ないな。

だからと責任を転嫁するつもりもないけども、それでもこんなに生活に即しているのに教えてもらえないこともないなと思うわけで。

「道徳」なんて授業はあったのにね。

肌感覚として、日本にはなんだかお金の話は下品、みたいな空気感がある気がしてます。

よくないですね。ほんとうによくない。時代にフィットしてない。

たくさん稼ぐ、ことを「よくないこと」だと見なす感覚、よくないですね。

だれもそんな風に思っていない? ならばそれでいいと思うんですけどね。僕としてはたくさん稼いでいる人はやはりカッコいいなと思うんですよ。たくさん稼いでたくさん使うとか、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか。

バブルとはほど遠いこんな時代で、それでもたくさんお金を使えるなんて、誰にでも出来るこっちゃないですよね。

住みたい場所に住んで、やりたいことをやる。それにはお金がどうしてもかかりますからね。自分の願いを実現するための原動力として、お金をしっかり稼げる人はかっこいいです。

社会や困っている人に対して貢献しつつ、結果稼げるとか、最高にクールだ。

まずは、苦労の対価であるという発想を脱却して、楽しませるための対価であったり、お互い様の課題解決の対価として、お金が流通しているのだ、と娘には理解してもらいたいなと思うのです。

君がまず楽しんで、誰かを楽しませられたのならば、そこにお金が生まれるんだよ、と。

だから、遊べー、楽しさが他の誰かに伝播するほどに遊べー。

父は会社からおちんぎんをいただいてはおりますが、時間を売っているつもりは毛頭なく、クライアントの課題をいかに解決してお金をいただくか、そういう風に思っておる次第で。それは別に会社に所属しなくともとくには問題はないけども、僕の能力を必要としておちんぎんを払ってくれて、かつ、なんやかんや保証してくれるのはありがたいなと思うのです。

しかし、まあ、同時に思うんですよね。お金のことを教えるのは本当に難しい。

たくさんあることが豊かじゃないことを本質的に教えるのは本当に難しい。(見る度にポポちゃん的な人形欲しいって言ってる)

魂の高潔さとモノの数とは関係ない。武士はくわねどたかようじ的な清貧はやはり時代にフィットしていない。我慢せず、楽しみながら、欲を満たせることが上質である。シンプルに言えば、それほんとに欲しいの? である。

単純な消費と、投資の違いを教えるのは、難しい。

しかしながら、お金とは汚いものではなく、楽しいのもで、どうやったら楽しくたくさん手に入れられるのかってのは、折りをみて常に伝え続けたいとは思っている。それはもちろん、早ければ早いほうがいい。

もっと言えば、誰に対しても今からでも遅くはない。他人の稼ぎに口出ししても自分のお金は増えない。

お金だってさ、悪口言う奴よりも、楽しそうに話している人のほうに寄りつくというものだ。

自由ってのはさ、結局「お金」からどれだけ自由なのかってことのような気がする。それは突き詰めれば「欲」や「ストレス」との付き合い方とも言える。

僕らはどこにだっていけるんだから、もっと物価の低い、コストの低い場所へ移住すればもっと自由になれる人だっているだろうし、いくらかかってでも自分の理想とする環境に身を置く、そんな風に振る舞った方が自由になれる人もいるだろう。

エニウェイ、とりあえず、「安い」「高い」「コスパ」あたりの誰かが決めた価値基準に振り回されず、己の欲とお金と、ちゃんと折り合いを付けられたら、いいな。

文:シンタロヲフレッシュ

フォロワーともだちになってもらえると、とても嬉しい!

友だち追加
友だち追加

フォローはまだちょっと…? ではブログの定期購読はどう?

follow us in feedly
↓今月の特集もあわせてチェック!↓
月刊 prasm 5月号『サク旅』
月刊 prasm 5月号

「日常の延長線上の日常」

\シェア多謝!/

コメントは大切に読ませてもらっています。

前の記事(Previous)
1円よりも、小さなお金
次の記事(Next)
ほんとうに欲しいもの