こんなにも悩ましい僕らも歩き続ける

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こんなにも悩ましい僕らも歩き続ける

毎年新たに目標を立てて、新年の抱負をひねり出しているような気がしているのに、俯瞰して見ればここ数年言っていることが同じなのはどういうことですか?

加齢ですか? そうなんでしょうね。中年になると思考は同じ結論を求めるのでしょうか? 例え道は違ってもたどり着くゴールが同じように。

何もかもがつい昨日のように感じますが、くるりの「ワンダーフォーゲル」が2001年って、25年も前ですかそうですか。

新年の抱負は音声で

ここ数年でこれだけはやっていこうというところで、肉声でPodcastを録っています。

2025年の年始のエピソードもあります。

どうですか? ほぼ同じようなことを言っています。言っている本人がいちばん驚いています。そんなに変わらない日常なのかい? 俺の日々。

ポッドキャストからブログにして、言いたいことをちょっと追記してみますね。

そういえば、もともと新年の抱負は Instagram に投稿した内容だったんだけど、それを見た遠くの友人が記事にしてくれました。ちゃんと書けば届く感じ。とても懐かしく嬉しい。

note.com のファビコンばんかさんの記事

跋扈するフィジカルはいいぞおじさん

2025年の抱負は「面白いおじさん」でした。
いや実際は、30代の後半からずっとこのテーマでやってきていたのだと思う。

自分で言うのも何ですが、今これ執筆現在45歳の私の精神年齢は、25歳あたりで完全に止まっている。実際は食べきれないのにラーメンには炒飯を付けてしまう。ラーメンだってなんなら大盛りでもイケると思い込んでいる。

しかし見た目も社会的な立場もわりと45歳なのだ。ガッツリなのだ。

40歳を越えてからの数年は、この魂と現実との乖離に対してどうやって折り合いをつけて生きていくか、ティーンの頃には思い描けなかった未曾有の「おじさん」というアイデンティティーをいかにして
絶望せずに面白みを見つけるか、そんなことを老化していく体や脳をすり減らし、老眼に絶望しながら過ごしてきた。

できるかぎり軽やかに、できるかぎり面白く。


人とつながることで、役割が見えてきた

振り返ってみると、2025年は出会いの年だった。

今まで絡んでこなかった世代、15歳下、20歳下の人たちとクリエイティブする機会が増えた。

コーヒーフェスのビジュアルを担当したり。

blend house のレコードジャケットをつくったり。

Amazonで買えます。めっちゃよいのでレビューお願いします。

MVも2本作ったし、久しぶりに「表に出る側」に立つ経験もした。

ポートフォリオとして見れば、かなり充実していたと思う。
でも、それ以上に大きかったのは、「自分はまだ、役に立てる」という実感だった。

若い頃、自分も誰かにフックアップしてもらってきた。
直接返せないものがあるなら、今度は別の誰かに手渡していけばいい。

ここ数年は、その確認作業だったのかもしれない。


じゃあ、2026年はどうする?

「今年も面白いおじさんでいく?」
そんな会話を妻としながら、ふと思った。

面白い、楽しい、幸せ。
それはもちろん大事だけど、年末に振り返ったとき、「達成できたかどうか」が分かる目標も欲しい。

展示でも、ポップアップでもいい。
自分が作ってきたものを、まとめて誰かに見せる場所を作る。

ずっと自分のためにやってきたことを、ちゃんと外に開いてみる。
2026年は、そんな年にしてもいいんじゃないかと思い始めた。

すでにロゴだけは作っています。

こんな感じのイベント・展示・ポップアップやろう。

グッズ作ったら買って下さい。


人が作る意味は、どこにあるのか

ちなみにこれもAIでつくった。

ここ数年で、AIは一気に身近になった。「こうして」と言えば、それっぽいものが出てくる。

便利だし、日々の仕事でも助けられている。
でも、だからこそ思う。

じゃあ、人間がやることって何なんだろう。

もっと言えば、それを私がする意味ってなんだろう? 近い将来、私よりもAIが上手にやってくれるであろうことをなぜ私がする意味があるのか。

言ってしまえば娯楽だからだ。他の誰でもなく私自身の。作って出したい。作ると落ち着く。そこにツールと目的があるから作る。山があるから登るのだ。いや実際には登らないが、結局そうしたいからそうする。

こんな誰かの役に立つ娯楽がありますか? AIに出来ますか? いやできんでしょう。

2025年は物理的にさわれるようなカタチにすることを求められたし、その意味や意義をちょうど体感できたから、今、2026年の私はこう思う。


フィジカルはいいぞ、おじさん

デジタルは使う。
AIも使う。
でも、アナログも手放さない。

フィルムカメラで写真を撮り、手触りのあるものを残す。
人と人が集まって、何かを作る。

完全にAIがしゃしゃり出てくる前の、この1〜2年を、ちゃんと楽しみたい。楽しみたいし、我慢強く摩擦していたい。

デジタルデータは取り扱いが楽だけど、それをきっちり物理世界に影響をもたらすように顕現させたい。

平気な顔をして、面倒なことを楽しみたい。それこそが私がシビれて憧れる「出来る大人」ってやつやんな? そこ手抜きしないですよね? クールな大人って?

フィジカルを諦めないし、フィジカルをサボらない。フィジカルという摩擦を恐れない。

そんなおじさんだったらいいなと思っています。


翼が生えた、こんなにも悩ましい僕らも

2026年は、「やったか、やってないか」が分かる年にしたい。

軽やかに、でもちゃんと足跡が残るように。
もし、どこかで交わる機会があったら、一緒に楽しめたら嬉しい。

そんな感じで“もの悲しい”けど希望があるワンダーフォーゲルいいよな。飛び抜けて明るいんだけど、しんどさを背負って歩いている感じがいいよな。少し寂しくなっても歩いていきましょう。

フィジカル!という感じで、イベント出演いたします。

海陽町でお会いしましょう。

ちょうどそんな話しをした、タイムリーな『びんらじお』をよろしくお願いします。

びんらじお vol.16

ドキュメントMVシリーズ「Momentシリーズ」からお馴染み?のaccobin & the Momentsの新年会。これまでの振り返りから2026/2/14の宣伝まで。

新年会楽しかったです。

できればすれ違わないようにしたいけど、歩き続けましょうよ。

文:シンタロヲフレッシュ

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