俺が信じるお前

俺が信じるお前

ひとこと。

バリスタ
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恋人期間を10年経て、夫婦になった我々である。

正直けんからしいけんかをしてこなかったんだけども、子供が生まれて立って喋り出してその状況は少し変わった。

基本姿勢として俺は俺、お前はお前の僕だけども、子供に対する妻の接し方に自分のそれと意見の相違がでるのである。

また、逆に、僕のしかり方や甘やかせ方に妻としても一言ある今日この頃なのだ。

子供を自分の所有物のように扱うつもりは毛頭無いけども、なるほど、僕も妻も、それぞれに子供の幸せや健やかな成育を願う結果意見が衝突することもある。

しかし、衝突ばかりでもない。

意見が一致することだってある。

つきつめれば自己評価を高くもってもらいたいのだ。しっかりした基礎としての自尊心。

どんな状況でも自分だったらまあなんとかなるだろうな。と思ってもらいたい。J-POP的な自分を信じてというやつだ。
グレンラガン的に言えば、俺が信じるお前を信じろだ。

生きていてい楽しいことはたくさんあるし、また同じくらいしんどいこともあるだろう。それでも僕は自己評価が高ければきっとなんとかなると思っている。自惚れるのも才能だ。

子供に夢を託すじゃないけども、人が人らしく生きる上で自己評価を高く持つこと、目線を上げて生きる事はとても大事なことなのだ。なんならおそらく唯一苦しみを取り除く方法といっても過言じゃない。

例えばあなたに仕事を頼みたい、1000万で、と言われてノータイムでやりましょう!と言えるだろうか? それだけ予算があればもっと上手に出来る人をご紹介しますよ、とか、そこまで予算はいりません、なんなら10万でやりましょう。とかいい人ぶってかわすのは自己評価の低さとも言える。もちろん親身であるとも言えるのだが。

どんなシチュエーションであったとしても、うんなんとかなる、と思えるのは「自信」があるからで、自信さえあれば根拠がなかろうがべつにいい。根拠も経験もないのになんかイケる気がするのも才能だ。他人と同じ物差しで計られる必要はない。なんなら物差しを自分で用意すれば良い。

控えめで、和を尊び、遠慮がちで、物静かで、そういう価値観はうちの子にはいらんよな。いやなんなんなら俺にもいらんよな。

親の姿を見て子供が覚えるというのなら、自分がそう振る舞うしかない。

大丈夫だ。なんとかなる。

俺が信じるお前を信じろ。

文:シンタロヲフレッシュ

いいかい?