よいカメラ

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よいカメラ

バリスタ

小学校に入る前に受ける娘の健康診断のため、昼から休みを取って娘が通うであろう小学校へ向かう。

かつて自分が通ったその小学校。ほんのうっすらとだけある記憶。

そこに娘がもうすぐ通うそのシチュエーションだけでも十分にエモい、エモ言われぬものがある。

滞りなく健康診断も終わり、なんとなくまっすぐ帰るのも微妙な時間だったので、糖分摂取にガストへ。

パフェやアイスをたらふく食べた。至福の時よ。

思えば娘と二人きりでデートをするのはいつぶりだろうか。家族単位だと4人になるし、父子単位だと弟とセットで3人に。

「二人きり」はかなり珍しく、特別感がある。

最初は妻と二人きりだった。

下の弟が生まれるまでは娘しかいない一人っ子の時間もあった。

アイスを頬張る娘。

カメラを構えたくなる衝動。いや、もちろん、大きなカメラは持ち歩いてはいない。

珍しいな、特別だな、と感じたときに本来あるべき道具がないのがとても悔やまれる。

まぁないならないでしかたがない。スマホでパシャー。

こんなときには特に思う。良いカメラとは常に持ち歩くカメラのことなのだ。ああ、iPhone 新しいのに変えようかなぁ。

命が有限である以上、これから切れるシャッターの回数は決まっている。

キャンプや旅行、非日常での「おもいでづくり」には満を持して機材を投入し写真を撮りまくるのだけども、こういう平日と休日の狭間のような、ちょっとした非日常が前触れなくふっと現れると携帯する道具選びの重要さに気がつく。

このタイプの「蜃気楼マター」はともすればすぐに忘れてしまって、思い出すのもむずかしくなってしまうから。

特別だなと思った娘と二人きりの時間を、僕はやっぱりきっとすぐに忘れてしまうだろう。

だからこそ、僕にはよいカメラが必要だし良いカメラとはなんなのかを決定する必要がある。

文:シンタロヲフレッシュ

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